私が住むのは羽曳野丘陵の東側だが、その反対側、羽曳野丘陵西側のことにはあまり関心がなかった。羽曳野丘陵と並行するようにその東側を石川が流れ、その流れに対峙するようにそびえる二上、葛城、金剛という山並みが作る景観が圧倒的であるがゆえ、私の意識は絶えず東側に向かっていた。
羽曳野丘陵西側の地形とは?
堺市や大阪狭山市などに行く時は羽曳野丘陵を越えることになるが、その標高が60〜70m程度(我が家は40m)なので西側へは斜面を降るという意識を持ったことがない。羽曳野丘陵に降った雨は西側ではどのように流れるのか、その水源はどこなのか。つまり羽曳野丘陵の西側の地形はどのようになっているのか、歩いてでも行ける近所なのによく知らないことに気が付いた。


左:羽曳野丘陵西側の地形(カシミール3D) 右:石川の水系図(羽曳野市史Ⅰ)
古市大溝探検の時、石川から取水した水は古市古墳群をかいくぐり津堂の大池に流れ込み、その後東除川に排出することは調べた。古代の東除川は、さらに北流し旧大和川の分流でもある平野川に流れ込み、最後は大阪湾に行きつくのだが、その川筋は今もあるのだろうか。 今回の古代史探検では、羽曳野丘陵とされる水源地から、大和川以北の平野川への合流地点まで、東除川の全流域を歩いてみようと思う。水源地付近と大和川以北では、川なき川を見つけようとする困難さが付きまとい、まさに古代史探検の極地に至ろうとするものだった。